2007年09月20日
うまくなるのか、強くなるのか?
押忍
なんだか、またしても禅問答のような事をぬかしてますな~
うまさとは、なんだよ~。 コクと味わいのサッポロ黒か・・
ちがうなーうまさの意味が・・。
言い換えれば「護身における、巧みな攻防」である。
では、強さとは、・・・・「喧嘩が強い」とか「どつき合いが強い」とかなら、お馬鹿な輩だけの仲良しゴッコの中だけのランキング合戦でしてろよ~
「フルコン空手」では、「うまくて、強い」がいいのであるよ。(別の意味合いで、ニヤリとここでした者は、退場してね)
「護身で大事なこと」 それは、自分のみでなく、相手のダメージをも最小限に止めて、迅速に「逃げる」ことである。
これが、出来るものが「うまい」のであり「達人・名人」なのである。
いいかい、相手が数日もの間、身動き出来ないほどまで、叩きのめすならば、「空手」なんかしてないで、鉄パイプ等の「凶器」を持てば、誰でもすぐに出来るんだよ。
「うまい」者は、その時自分が逃げれるだけのダメージのみを与え、明日は皆さん普段と変わりなく暮らせる「技」を持っているもんだよ。まぁ、スタンガンみたいなもんだな。
しかし、そんな高度なテクを体得し、実戦で使いこなせる「うまさ」なんて、数ヶ月で会得できるわけがないね
だからこそ、毎回基本から、移動稽古、約束組手、自由組手、体力練成と鍛練するのだが、・・・・・・この「日ごろの稽古」で人生最大の「敵」が現れるんだな。
えっ!誰やそれは・・・!
なまか心を持ったもう一人の「自分」だよ!
稽古を「手抜き」する「自分」 稽古を「さぼってしまった」自分 稽古で「ズルこいた」自分 等である。
強さとは、他人との比較なんぞではなくて、「自分」との戦いなんだなー。
自分を「誤魔化さない」で、「なまかな自分」に勝とうとする「自分」がいるんだよ。
自分の中にいる、なまかな自分に打ち勝つ自分を育てることで「本当の、強さ」も出来てくるんでないかな
その「強さ」が、実社会の中で役に立ち「頼れる人」「信頼できる人」「必要な人」にもなれるんだよ。
そんな「強い人」になれるように「うまくなるための鍛練」を続けることで結果的に「心身共に修練された者」になれるんだ。
だからこそ「生涯修行」なんだね

相手の顔面を殴るのでなく、突きあいから、巻き込んで投げてしばらくの間動けないない程度に、トドメの反撃をする。
(なまか・・・「孫悟空のなまか」ではない。飛騨弁で「なまけ」の意)
なんだか、またしても禅問答のような事をぬかしてますな~
うまさとは、なんだよ~。 コクと味わいのサッポロ黒か・・
ちがうなーうまさの意味が・・。言い換えれば「護身における、巧みな攻防」である。
では、強さとは、・・・・「喧嘩が強い」とか「どつき合いが強い」とかなら、お馬鹿な輩だけの仲良しゴッコの中だけのランキング合戦でしてろよ~

「フルコン空手」では、「うまくて、強い」がいいのであるよ。(別の意味合いで、ニヤリとここでした者は、退場してね)
「護身で大事なこと」 それは、自分のみでなく、相手のダメージをも最小限に止めて、迅速に「逃げる」ことである。
これが、出来るものが「うまい」のであり「達人・名人」なのである。
いいかい、相手が数日もの間、身動き出来ないほどまで、叩きのめすならば、「空手」なんかしてないで、鉄パイプ等の「凶器」を持てば、誰でもすぐに出来るんだよ。
「うまい」者は、その時自分が逃げれるだけのダメージのみを与え、明日は皆さん普段と変わりなく暮らせる「技」を持っているもんだよ。まぁ、スタンガンみたいなもんだな。
しかし、そんな高度なテクを体得し、実戦で使いこなせる「うまさ」なんて、数ヶ月で会得できるわけがないね

だからこそ、毎回基本から、移動稽古、約束組手、自由組手、体力練成と鍛練するのだが、・・・・・・この「日ごろの稽古」で人生最大の「敵」が現れるんだな。
えっ!誰やそれは・・・!
なまか心を持ったもう一人の「自分」だよ!
稽古を「手抜き」する「自分」 稽古を「さぼってしまった」自分 稽古で「ズルこいた」自分 等である。
強さとは、他人との比較なんぞではなくて、「自分」との戦いなんだなー。
自分を「誤魔化さない」で、「なまかな自分」に勝とうとする「自分」がいるんだよ。
自分の中にいる、なまかな自分に打ち勝つ自分を育てることで「本当の、強さ」も出来てくるんでないかな

その「強さ」が、実社会の中で役に立ち「頼れる人」「信頼できる人」「必要な人」にもなれるんだよ。
そんな「強い人」になれるように「うまくなるための鍛練」を続けることで結果的に「心身共に修練された者」になれるんだ。
だからこそ「生涯修行」なんだね

相手の顔面を殴るのでなく、突きあいから、巻き込んで投げてしばらくの間動けないない程度に、トドメの反撃をする。
(なまか・・・「孫悟空のなまか」ではない。飛騨弁で「なまけ」の意)




