2008年11月09日
林科のゴッツ
押忍
昨日、ひょんなとこで高校時代の後輩と再会。
その後輩は、私との年齢差が4歳離れているので私が在学中には勿論面識がナイ。
その彼がなぜ、私の名刺を見て「農林の先輩の重田さんですよね」と同じ農林高校で同じ林業科であるのかを知っており、憶えていたのか。
それは、私が自衛隊の業務学校警務過程を終了し、休暇をもらい帰省したときに本当は、良くない事なんだが「司法警察職員の証」と記された手帳(所謂、警察手帳)を在学中に何度と無く停学になりかけていたのを助けてくれた林業科の恩師・後藤先生(故人) 通称・ゴッツに見せてあげたくて学校に訪ねたんです。
当時、3年生が総合実習をしていたんですがそれが終わるのを端で待っていた私に気付き「お~っ、どうしたんや」と生徒を待たせて声をかけられたんです、そこで先生に、この度こんな職に就くことになりましたと話、手帳を見せると・・・・
先生は目に涙を浮かべ「そうか、良かったな~。お前には心配ばかりさせられてきたが・・・よかった・よかった」と喜び、実習中
の生徒を集め「これは、林科の卒業生でどうしょうもない奴だったんだが、今はこうして警察官になれたと報告に来てくれたんだ」と話された。(正しくは、当事は、警察官でなくて自衛隊の警務隊警務係)
そして、私は帰ったのだがその後も生徒らに私の「どうしょうもない時代の話」をしていたそうです。
その時のことが、再会した後輩は強烈な印象となり私の事を憶えており、大学卒業後に彼は警察官となり、今は隣県の県警で警部として活躍されている。 勿論、幹部警察官の彼は、私の「いいこと」も「悪い事」も結構知っていて・・・・頭が上がりません。
「でも、今こうして先輩が活躍されてるのも、私が職務を頑張れるのも同じゴッツの教育があるからでしょうね」
そう彼は云ってニコリとした、 そして休暇の彼と2人でまたしても呑み過ぎ午前様でした

今では農林も林業科も学校の再編で無くなってしまい残念です。
昨日、ひょんなとこで高校時代の後輩と再会。
その後輩は、私との年齢差が4歳離れているので私が在学中には勿論面識がナイ。
その彼がなぜ、私の名刺を見て「農林の先輩の重田さんですよね」と同じ農林高校で同じ林業科であるのかを知っており、憶えていたのか。
それは、私が自衛隊の業務学校警務過程を終了し、休暇をもらい帰省したときに本当は、良くない事なんだが「司法警察職員の証」と記された手帳(所謂、警察手帳)を在学中に何度と無く停学になりかけていたのを助けてくれた林業科の恩師・後藤先生(故人) 通称・ゴッツに見せてあげたくて学校に訪ねたんです。
当時、3年生が総合実習をしていたんですがそれが終わるのを端で待っていた私に気付き「お~っ、どうしたんや」と生徒を待たせて声をかけられたんです、そこで先生に、この度こんな職に就くことになりましたと話、手帳を見せると・・・・
先生は目に涙を浮かべ「そうか、良かったな~。お前には心配ばかりさせられてきたが・・・よかった・よかった」と喜び、実習中
の生徒を集め「これは、林科の卒業生でどうしょうもない奴だったんだが、今はこうして警察官になれたと報告に来てくれたんだ」と話された。(正しくは、当事は、警察官でなくて自衛隊の警務隊警務係)
そして、私は帰ったのだがその後も生徒らに私の「どうしょうもない時代の話」をしていたそうです。
その時のことが、再会した後輩は強烈な印象となり私の事を憶えており、大学卒業後に彼は警察官となり、今は隣県の県警で警部として活躍されている。 勿論、幹部警察官の彼は、私の「いいこと」も「悪い事」も結構知っていて・・・・頭が上がりません。
「でも、今こうして先輩が活躍されてるのも、私が職務を頑張れるのも同じゴッツの教育があるからでしょうね」
そう彼は云ってニコリとした、 そして休暇の彼と2人でまたしても呑み過ぎ午前様でした


今では農林も林業科も学校の再編で無くなってしまい残念です。
タグ :飛騨農林高校




